#3. Page7069
行列の堪えない名店には秘伝のタレなるものがある。
創業以来、少しずつ継ぎ足してやがてそのタレは唯一無二の味を持つ。
というやつだ。
2001年7月29日にライズは伏見台の地で産声をあげた。盛業した理由は若く、まだ未熟だったからこそ、ある法則に早い段階で気付いたからだ。見出した、いや、すがったのかもしれない。うちはここまで、業態を変えたり、様々な場所で施術を行い9店舗の盛業店も輩出している。私が見つけた味付けは間違ってはいなかったのだろう。それはいつしか当店の秘伝のタレとなっていった。
そこから7069日かけて熟成した秘伝のタレを収めた瓶を最後まで煮詰め続けた2人は、その手を以て8月31日に割る事に決めた。それが今年の4月の終わり。この時は割りたい。ではなく、割らなければいけない。そんな気持ちだったように思う。
平成から令和へと時代がひとつ進む連休の中で、その瞬間を私は軽井沢で、相棒は故郷の秋田へ向かうバイクの上で迎えた。まだ、言葉には成らないけれど割って進むことに関して2人の気持ちは同意に至った。
私自身も、相棒も、そのタレを守ることに必死になりすぎて、人生も生活そのものも煮詰まってしまって、臨界点に達してしまったのだと思う。そのタレを使って、誰もまねできないような数の施術を2人ともお客様に提供して過ごしたことは間違いない。だが一向に様々な事が好転しない。
相性的にも彼はよく言えばハバロッティのような人で、芸術やたしなみを大切にする人間で、私はモハメドアリタイプ。切り拓いていくファイターだ。本来明るく陽気で呑気な側面を持つ2人は友人としてはうまくいくのだが、このお店が生み出した秘伝のタレの扱い方となると、この2人の相性がうまく回る筈もなく、たくさんの衝突を繰り返しながらの8年間になっていた。ハバロッティにボクシングはできないし、私はうまく歌えない。
2人でこのタレの入った瓶を割ろうと決意した後の彼の行動はわからないが、私自身は、
「ひとつずつ、真心込めて、丁寧に、正直に自身を磨く」
これに徹して、自身の身だしなみを整えること。私が施せる整体療術や、ヒーリング、カウンセリングの質を一から見直すこと。自身の言動や振る舞いを正す事を意図し、残りの時間を精一杯使った。施術のプロセスも変化し、多くのご紹介を頂くようになり、術者として患者様に与えるものの質が変化していった。
その結果、私は今後の人生を店主としてではなく、ひとりの
『生かし屋さん』として生きていくことを決めた。これは間違いない。
そして8月。相棒は新たなスタートを切るべく本当に最後まで良くやってくれた。
私はほぼ毎日大切と思って執着していたものが終わっていくのを公私共に感じていた。
7069日目。私たちは秘伝のタレの入った瓶を、割った。
彼という存在が居なかったら、割ることはできなかったと思う。
9月、私はこの道と店に残る身ではあるが、風が止まったのを感じている。7070ページ目も刻まず、新たな1ページ目にもペンを入れていない狭間の様な一週間だった。彼も同じような一週間だったのではないかと思う。
いま、手元にはびっしりとたくさんの人に支えられて紡いできた壮大な航海日誌の代わりに、筆圧の入っていないまっさらで新しい地図とノートがある。
9月中には夢を追って、25歳の若者が県外からやってきて、新しく新造されるLIFEという船にクルーとして乗船する。ひとつの節目と新たな始まりに向けて、この店は港に停泊している状態なのだが、既存の女性スタッフも下船せず、新たな航海に臨む。彼女とのご縁はうちの家内から発生していて、若者はこの一年。私に自尊心の持ち方を教えてくださった一族の方から派生している。奇跡のようなご縁なのだ。
人生は短い。この新しいノートには若かりし頃の情熱に頼った夢物語や、ねばならない的な難解な哲学書のような文言や、人から聞いて体験していないようなノウハウを書き連ねていく気はさらさらない。前にも書いたがこれからは経験主体じゃなく、実感を主体に生業を営んでいく。
やはり、日々、「ひとつずつ、真心込めて、丁寧に、正直に自身を磨く」
そして、【LIFE】 生きる事 生活すること そのものを楽しむ為に新たなクルーと共に皆様の健康作りのサポートを始めていこうと思う。
今月中に故郷に帰る、もう二度と出逢えないだろう個性をもち、粉骨砕身うちで働いてくれた彼と最後に秘伝のタレを割る際に約束した事。これだけは守って、自分とこの店にとっての1ページ目を探します。
最後に、我が秘伝のタレの入った瓶を割って確信できたその中身について。
瓶の中身の正体は、
「な に も な い」でした。
心の入っていない、と書くと語弊があるな、、
『無心』これが我が店のいままでの味の正体。
それは、相手に合わせた多くの慰安的な施術を生み出していたように思う。長年に渡りずっと継続して通ってくださるけれど、ご紹介はなく、相手にとっての極上の体感と気分を生み出す為に無心で取り組んできた施術。
それは単に多くの依存を生み出していたにすぎないのではないか。それは、その方の真の来院動機である、病に対する問題解決や痛み、不調和を解消することから目を背けたものではなかったのか。相手のニーズやメリットに合わせた施術とコミュニケーションを辞めた時に失客するのではなく、その方が問題を解決し、自身のLIFEに充実を取り戻した時に終診する。
これが本来の医療と癒しの姿でありお役割なのではないか。
現にこれに気付いた後、私が担当させて頂いているクライアントの皆様は必要な時に「大切な自分」の心身を調律したり、守ったり、高めたいときにご来店してくださるようになり、その結果大切な友人やご家族をたくさんご紹介してくださるようになった。そしてその変化に術者としても大きな喜びや充実感を感じられるようになった。
自由診療が生み出した付加価値的リラクゼーションがもたらした弊害。創業時、それに気付き、それを味とし、サービス業として営んできたのがこの7069日だったのだろう。しかし、それは多くのリラクゼーションサロンに勤務する若者や、真髄を知らずに整体業を営む術者の心に『虚無』を生み出してしまう。瓶を割って一週間。任せていた患者様は全て次回ご連絡となった。
たくさんの人が美味い。上手いとおっしゃって下さったけど、依存性が高く、ご紹介もおきない、隠れ家のような店。それはもう辞めたい。辞めるべきだ。その結論から、秘伝の甘タレを割り捨てたのだ。別れの原因は術者のコンプライアンスの相違。人としての相違より、よっぽどいい。
以上が秘伝のタレだとするならば、「な に も な い」に等しいじゃないか。
だから、なにも育たない。芽生えない。
これからは『真心⁻まごころ』を込めて、正直に様々な不調和に悩む方達のお役に立てるLIFEでありたい。そう意図し、すっごい勇気いるけど、(正しい行いをする時って本当に勇気いります。)新たな創造をはじめます。
7069日の航海。大冒険やった。ありがとう。
「ひとつずつ、真心込めて、丁寧に、正直に自身を磨き、
自他を殺さず、反省を重ね、自身のお役割の上で幸せと成長を実感し、
衣食住の充実と生きるという事に貪欲ではなく誠実な生かし屋さん」
今後はそう在りたい。
次は小さな船で、新たな海原へ。行く先は未知。それもまた道。